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先人への感謝・後世への伝え

2010.05.16

こんにちは。すずき英敬です


今日は鈴鹿市内の町民運動会に参加させていただきました。
本当に天気もよく、すがすがしい気持ちでしたね!
役員の方々のおかげで運動会開催できていますが、
この数日、鈴鹿市内では、強盗や児童虐待など、
本当に地域の絆や家族の絆を脅かす事件が続発しています。
地域の絆や家族の絆を取り戻す意味でも
こういう運動会は本当にいいなあと思いました。


さて、今日は、先日学ばせていただいた鈴鹿市内の戦争遺跡についてです。


鈴鹿市は、昭和17年、軍主導で2町12村が合併して誕生しました。
海軍工廠や海軍航空基地をはじめ、たくさんの施設がありました。
私の選挙中の事務所のすぐ近くにある
現在のNTT西日本研修センターには鈴鹿第一航空基地があり、
偵察の飛行練習生を教育していたそうで、3000人近くの練習生がいたそうです。
1945年2月に教育停止し、卒業間近だった200名は特攻隊に入っていったそうです。


もともと私が住んでいる白子町を含めたこのあたりに
海軍が立地した理由は、
・白子地域は海が近く飛行場の離発着に障害となる山岳がなかった
・気候温暖で積雪が少なく、季節風も北西に一定していた。よって滑走路が1本でよかった。
・施設建物を構築する敷地は、水田でなく畑地で工事が容易であった
・地理的好条件であった(名古屋・四日市・津に近く、国鉄・私鉄が通り、人的・物的輸送に適していた)
・建設に要する労働力の確保が容易であった
・農産物・水産物ともに食料確保が容易であった
・地域住民の人情が厚く、隊員となる青少年の育成の上で協力が期待しうる
ということだったようです。


そして、戦後、これらの基地の跡地が、今の鈴鹿を支える産業立地となったわけです。
ホンダ、旭化成、ベルシティ、味の素ゼネラルフーズ、富士電機・・・・。
また教育機関もその跡地を利用して立地しました。
白子中、旭ヶ丘小、千代崎中、鈴鹿高専、石薬師高校、県消防学校・・・・・。


その意味で、私たちは、
今の鈴鹿市の生活や発展があるのは、
先人たちの努力のおかげであることに感謝しつつ、
後世に伝え続けていかなければなりません。


また、今の国際化時代の中で、
真の国際人として生きていくには、
世界を理解し、世界の人々と付き合っていくにも、
まずは自国の歴史・文化・伝統、精神的美徳を
しっかり学び、知っていかなければなりません。


今、NTT研修センターは、市の構想で防災公園として、
市の安全安心を守るために変貌をとげようとしています。
その中で、3つの格納庫、射撃場、滑走路跡などが残っています。
しかし、防災公園に変貌するにあたって、
これらの遺跡がなくなってしまう可能性があります。
この格納庫は、いまだに全国で残っているのはここのものだけだそうです。


また、呉、知覧、豊川、館山などは
世界でいえば、ベトナムも韓国も中国も、
戦争遺跡を一つの「資源」として
まちづくりに活かしています。
私は、鈴鹿もこの遺跡を残し、
これらの町と交流をもちながら、
まちづくりに活かしていくべきだと思っています。
その可能性があります。
そして何より、今の繁栄に対する
先人への感謝を後世へ伝えていくべきだと思います。


防災公園建設の中で、
ぜひ私も汗をかいていきたいと思います。

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